アイルランドの歴史
【アイルランド共和国の成立】
イースター蜂起で生き残った主導者達は再び、1919年から1921年までアイルランド駐留英軍に対してゲリラ攻撃を行いました(アイルラン ド独立戦争)
1921年英国政府は休戦に同意し、英愛条約が調印されました。条約により、英国連邦下のアイルランド自由国が建国されました。
しかし、北アイルランド(アルスター地方6州)は英国の直接統治下にとどまる事なり南北は分裂、この分裂によって内戦が起こるなどの深い 亀裂が生まれました。
アイルランド自由国は1937年に新憲法を設定、1949年に正式に独立を果たし、今日のアイルランド共和国となりました。

【北アイルランド問題】
英国の統治下にとどまった北アイルランドでは、カトリック市民への差別が根強くのこり、IRA (アイルランド共和軍)による、プロテスタント系 武装組織や、北アイルランドに駐留する英軍や北アイルランド警察などにゲリラ攻撃を加えるなど、北アイルランド各地で紛争が巻き起こりまし た。
代表的なものは1972年に起きた「血の日曜日(Bloody Sunday)」事件で 公民権協会(NICRA)による平和的なデモに英国 軍が発砲したもので、14名のカトリックがイギリス兵に殺害されました。
この他にも、北アイルランド問題のテロや暴力による犠牲者を3000人以上にのぼります。
近年では和平への取り組みがなされ、1994年にIRAは停戦を宣言しました。
2000年代に入ると、IRAの活動停止と武装解除への動きが具体化され、2005年には武装闘争終結宣言につづいて武装解除が確認 されました。
【EC加盟とケルティックタイガー】
1973年に旧EC(欧州共同体)に加盟後10年間程は、深刻な不況と移民による人口流出が続いていましたが、EU(欧州連合)の財 政援助にあわせ、外国で就労していたアイルランド人が経験や知識を持ってアイルランドに戻ってきた事が、強力な労働力になり、1990年代 半ばから経済が急成長し「ケルティック・タイガー」と呼ばれる好景気を迎えました。
そして現在ではEU圏から、そして海外からの移民が多く集まる国となりました。