アイルランドの歴史

ダニエル・オコンネル
ダニエル・オコンネル

 【オコンネルのカトリック開放】
1801年アイルランドはグレートブリテン王国 (1707年イングランドとスコットランドが合邦して成立した王国)、グレートブリテンおよびアイ ルランド連合王国という形で英国に併合されてしまいました。
アイルランドが英国へ併合後、弁護士であったダニエル・オコンネルはこれを解消すべく運動に尽力を尽くしました。
彼は1829年カトリック教徒解放法を成立させ、1841年にはカトリック初のダブリン市長となりました。
現在、アイルランドの英雄オコンネルの像はオコンネル・ストリートにあります。


【ジャガイモ飢饉】
1841年から1851年、じゃがいもの不作が続き、じゃがいもを主食にしていた被支配層のアイルランド人の間に100万人以上とも言われ る餓死者が出ました。
また、この時、アメリカなどへ約200万人以上が移民したと言われています。
飢饉以前800万人以上を数えた人口1911年には410万人にまで減少しています。
そして、この被害に対する英政府の不手際が英国への不信感を増幅させ、宗教改革もあいまって、青年アイルランド党員達は、アイルランド 人による政府を樹立するため1848年に武装蜂起を決行しました。
この蜂起は失敗に終わりましたが、党員の思想は後世の世代に影響を与えるものとなりました。

パトリック・ピアース
パトリック・ピアース


【イースター蜂起】
1916年4月24日の月曜日(イースター祝祭日)にアイルランド義勇軍とアイルランド市民軍がダブリンの中央郵便局などを占領し、パトリ ック・ピアースがアイルランド共和国の独立を宣言しました。
しかし、英国政府軍が出動し、6日間の戦いの後、義勇軍は降伏、その後パトリック・ピアース、ジェームズ・コノリーら指導者は捕らえられ、処 刑されてしまいます。
しかし、指導者達の英雄的行為は、アイルランドの人々の独立の気運を高めるものとなりました。

 

 

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