ダブリン

トリニティ・カレッジとケルズの書(Trinity College and Book of kells)

トリニティ・カレッジ(Trinity College)
正式名称はダブリンにおけるエリザベス女王の神聖にして分割されざる三位一体大学(The College of the Holy and Undivided Trinity of Queen Elizabeth near Dublin)といい、アイルランド最古の大学です。そして、ノーベル賞作家、サミュエル・ベケットや劇作家・オスカー・ワイルドなどもこの大学の卒業生です。大学はダブリン市内の中心部にあり、キャンパスの広さは、大体47エーカーほどで、周囲をぐるっと高い壁に囲まれています。

ケルズの書(Book of kells)
総ページ数680ページ、縦33cm、横24cm の牛皮製の書物で8世紀に人の手によって写された聖書の写本です。三大ケルト装飾写本のひとつとされており、「アイルランドの国宝」「世界で最も美しい本」とも呼ばれています。ほとんどのページに豪華なケルト文様による装飾が施されており、四福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる福音書)が収められています。現在この「ケルズの書」はダブリンのトリニティ・カレッジ図書館で展示されています。
ページは毎日1ページずつめくられるので、毎日行けば毎日違うページを見ることができます。

ダブリン城(Dublin Castle)

1204年にイングランドのジョン王によってバイキングの要塞があった場所に建てられ、それから1922年1月19日に正式にアイルランドに譲渡されるまでの約700年間、英国支配の本拠地として使われており、アイルランドのイギリス支配のシンボルでした。
1534年、フィッツジェラルドの反乱で大砲を浴び、1560年にヘンリー・シドニーによって新しく総督の邸宅として再建され、1684年に再び火災にあい、建物のほとんどが失われましたが、1688年にウイリアム・ロビンソンの設計で再建。さらに18世紀の中ごろには修復が行なわれました。そして、現在の建物のほとんどは18世紀頃のもので、建築当初のものは石造りのレコード・タワーのみです。
ダブリン城はガイド付きツアー(英語・フランス語・ドイツ語など)で見学可能です。

テンプルバー(Temple Bar)

ダブリンのリフィー側のすぐ南に位置するテンプルバー地区は、以前は税関のあった場所でした。しかし、1791年に税関が移転されると、次々に倉庫や店は閉鎖、そしてスラム街へとなってしまいました。その後、1960年代に交通公社が中央バスターミナルをテンプルバー地区に移転する計画で土地の買収を開始し、その間、バスターミナルができるまで、短期契約で安く建物を賃貸したところ、小さな店が次々に集まり、スラムだった場所は賑わい、やがて多くの住民からバスターミナル中止の声が出ました。結局バスターミナル移転は1985年に中止となり、それを境にダブリン市が率先して文化的な再開発をし、現在では多くのパブやおしゃれなお店やレストランなどで溢れる文化の発信地となりました。ちなみに、テンプルバーの名前の由来は16世紀、宗教改革によって修道院が開放になった後、この土地を引き継いだ英国人の高官、"サー・ウィリアム・テンプル"の名前から、"テンプルバー"と呼ばれるようになりました。"バー"は飲み屋ではなく、川沿いの道を表します。

キルメイナム刑務所(Kilmainaham Jail)

キルメイナム刑務所はアイルランド独立運動の歴史を語る上で切り離す事ができない場所です。1796年国際主義者による反乱の気運が高まってきた年に建てられ、1798年の反乱の関係者がすぐに収監されました。1916年のイースター蜂起のリーダー、ジェームズ・コノリーやジョセフ・プランケットら15名がこの刑務所で処刑されるなど、ここの刑務所では多くの革命家達が捕らえられ処刑されてきたという暗い過去を持ちます。刑務所内は英語のガイド付きツアーで見学できます。囚人達が祈りを捧げた礼拝堂や、ジョセフ・プランケットが処刑の3時間前に結婚式を挙げたチャペルを見る事が出来ます。(彼と彼の恋人で同じくこの刑務所に収容されていたグレイス・グリフォードは英国の兵士が銃を構える中、キャンドルライトの下、式を挙げ誓約が読まれ終わった直後に引き離され、処刑の寸前の10分間だけ一緒にいることを許されたという悲しいエピソードがあります。

聖パトリック大聖堂(St. Patrick's Cathedral)

アイルランドで一番大きいこの教会は、「ガリバー旅行記」の作者、ジョナサン・スィフトが1713~1745年の32年間大主教を勤めていました。今では最愛の女性ステラとともに大聖堂の中で眠っています。この場所に最初に教会らしいものが建てられたのは、この周辺にあった聖なる泉の横の木造の礼拝堂だとされています。聖パトリックはこの場所で、キリスト教に改宗する人々に洗礼を行っていたとされています。1192年イングランド人 (アングロ・ノルマン) としては初めてダブリン大主教になったジョン・カミン(John Comyn)によって石造りの大聖堂に建て替えられました。1649年、オリヴァー・クロムウェルが、アイルランド侵略で滞在している間、馬を大聖堂の身廊に入れ馬小屋代わりにしました。その後、19世紀にベンジャミン。リー.ギネスの出資によって大改修がおこなわれた。現在は、アイルランド国教会の管轄であり、公の国家行事が行われる場所となっています。

※聖パトリック (Saint Patrick)とは?
聖パトリックは387年にイギリスのウェールズで生まれたとされています(イングランドという説もあります)。彼がまだ少年だった頃、奴隷としてアイルランドに連れてこられ、豚や羊飼いをしていました。何年か後、夢の中でここから逃げだ出すようにと神の声を聞き、お告げに従い、故郷へと戻り、その後ヨーロッパで神学を学び聖職者となった聖パトリックは、432年ローマ教皇ケレスティヌス1世から布教の命を受け、再びアイルランドを訪れました。この時聖パトリックは夢の中で「われわれをお導きください」というアイリッシュの声を聞いたともされています。聖パトリックのキリスト教の布教は、アイルランドにもともと存在した土着のケルト系の信仰を改宗させるのではなく、キリスト教と土着信仰を融和させる形で布教しました。その際、シャムロックを手に三位一体を説いたため、シャムロックは彼のシンボルとなりました。

ギネス・ストアハウス(The Guinness Storehouse)

アイルランドと言えばギネスビール。ここはそのギネスビールが生まれた地です。
1759年にアーサー・ギネスが黒ビールを醸造してから2世紀半ギネスは世界的に有名なビールとなりました。ちなみにギネスに使われる水はウィックロー山脈の水で、大麦はアイルランド産です。
ギネス・ストアハウスは1876年に建設され、それから80年間ビールの原料のホップの保存庫として使われてきました。2000年の12月に「ギネス・ストアハウス」としてオープンし、ギネスの博物館として親しまれるようになりました。
ここでは、ギネスの原料や醸造過程、今までのギネスの広告などが展示されています。このツアーの最後には眺めのいい建物最上階のバーで、出来立てのギネスを飲むことが出来ます。
また、館内にはレストランやギネスのオリジナルグッズのお店も併設されています。

アイルランド国立考古学博物館(National Archaeology Museum/ Kildare Street)

キルデアストリートにあるこの博物館は、1880年、トーマス.ディーンの設計で創立されました。建物の中に入ると、ヴィクトリア様式を貴重とした優美な円形大広間が広がり、その床は美しい星座のモザイクで飾られています。館内には、先史時代やバイキング時代の遺物や、中世の宝飾品や絵画など、アイルランドの歴史を示すコレクションや、古代エジプトの美術などが展示されています。特に、国宝である「タラ・ブローチ(Tara Brooch) 」や「コングの十字架(The Cross of Cong)」が必見です。館内はツアー見学することもできます。月曜日休館です。

クライストチャーチ大聖堂(Christ Church Cathedral)

クライストチャーチ大聖堂は、アイルランド教会のダブリンとグレンダロッホ教区の主教会です。もともとは1038年にノルウェーのバイキング王によってたてられた木造教会でした。その後1186年にロマネスク様式の石造りの教会へ建て替えられました。現在の概観のほとんどの部分は1875年に改修が行われた後のものです。ただ、地下聖堂は12世紀からほとんどかわらずそのまま残っています。ちなみにダブリンはカトリック教徒が多いのですが、この大聖堂と聖パトリック大聖堂はどちらもアングリカン派の大聖堂です。

セント・スティーブンス・グリーン(St. Stephen's Green)

グラフトン・ストリート(Grafton Street)のすぐ南側に位置するこの公園は、1877年にギネス卿がこの公園を公共のものとする働きかけをする前までは、一般の人は立ち入り禁止の私有庭園として使われていました。現在は誰でも使うことができ、ダブリン市民にとって憩いの場となっています。公園内は色とりどりの花が咲き、湖にはカモなどの水鳥を見る事ができます。週末は家族連れで賑わい、暖かい時期には芝生の上で日向ぼっこをする人々もいます。
また、公園内にはイェーツの記念碑や、ジェームス・ジョイスの像、などの彫刻もあります。

フェニックス・パーク(The Phoenix Park)

街の中心から西へだいたい3km、リフィー川の北側にあるこの公園の広さは、ヨーロッパでは最大のもので、ニュー・ヨークのセントラル・パークの2倍以上あるとされています。(面積約700ヘクタール) 公園の名前の由来は、アイルランド語で'透明な水'を意味する Fionn Uisceからきています。そして、実際にこの地で泉が湧き出ています。公園内にはアイルランド大統領邸宅(現マイケル.D.ヒギンズMichel.Daniel.Higgins)・アメリカ合衆国大使公邸・アイルランド警察本部、ダブリン動物園・クリケット競技場や1979年にアイルランドを訪れたローマ教皇ヨハネ・パウロ二世の訪問を記念して建てられた教皇十字、パパル・クロス(Papal Cross)などがあります。公園内には鹿が生息しています。15世紀半ば、宗教改革の際に没収された宗教関連のこの地を、オーモンド公爵がロイヤルディアパーク(鹿公園)を建設したのが始まりです。
※鹿を車で轢くと、罰金を払わないといけませんので車を運転の際は気をつけてください。

モリー・マローン像(Molly Malone)

よく待ち合わせなどに使われるこの像、モリー・マローンはアイルランドのフォークソングでも歌われている魚介類の売り子です。この歌はアイルランド人なら誰でも知っているという日本でいう童謡のように歌われ続けてきました。歌詞では、魚売りの子として一生懸命働き続けますが、ある日彼女は高熱のために死んでしまい、今でも彼女の幽霊が台車押して、魚を売りながらダブリンの通りを彷徨っているといいます。ちなみに彼女は実在の人物で1734年に亡くなり、ウェルバー教会(St Werburgs Church)に埋葬されています。